東京高等裁判所 平成11年(行ケ)188号 判決 2000年10月04日
原告
株式会社セタ
代表者代表取締役
【A】
原告
株式会社ナサ・コーポレーション
代表者代表取締役
【B】
両名訴訟代理人弁理士
【C】
被告
特許庁長官【D】
指定代理人
【E】
同
【F】
同
【G】
同
【H】
主文
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた判決
1 原告ら
特許庁が平成10年審判第4700号事件について平成11年5月6日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告らは、平成4年2月13日、名称を「在宅医療システム及びこのシステムに用いる医療装置」とする発明につき特許出願をした(特願平4-59477号)が、平成10年2月6日に拒絶査定を受けたので、同年3月26日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を平成10年審判第4700号として審理した上、平成11年5月6日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年6月2日原告らに送達された。
2 本件明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明(以下「本願発明」という。)の要旨
利用者の少なくとも血圧、心拍数、及び心電図を測定する測定手段と、この測定手段による測定の順序、方法を説明する説明手段と、この説明手段による測定の順序、方法を選択し、体温、体重、及び問診事項の中から選択された単数又は複数の生体情報を入力する入力手段と、前記測定手段による測定結果及び入力手段による生体情報の入力結果、及び又は医療機関側からの指示、及び又は問診事項を表示する表示手段と、前記測定手段による測定結果や前記入力手段による生体情報の入力結果、及び又は医療機関側からの指示、及び又は問診事項を記憶する記憶手段と、CPUとから成る利用者側医療端末機と、
この利用者側医療端末を常態においてその上に載置させるものであって、該利用者側医療端末機を機構的かつ電気的に接続分離できるところの、前記測定手段による測定結果や前記入力手段による生体情報の入力結果、及び又は医療者側からの指示、及び又は問診事項を送受信する利用者側通信手段と、
利用者側からの送信を受信し医療機関側からの指示、及び又は問診事項を送信する医療機関側通信手段と、
この医療機関側通信手段に接続されたホストコンピュータと、
このホストコンピュータに集められた生体情報を記憶し表示する附属機器とから構成したことを特徴とする、
在宅医療システム。
3 審決の理由
審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明が、本願出願前に日本国内において頒布された刊行物である特開平4-15035号公報(甲第4号証、以下「引用例1」という。)、特開昭61-193635号公報(甲第5号証、以下「引用例2」という。)及び実願平1-38797号(実開平2-130608号)のマイクロフィルム(甲第6号証、以下「引用例3」という。)にそれぞれ記載された発明並びに周知技術及び慣用技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。
第3原告ら主張の審決取消事由
審決の理由中、本願発明の要旨の認定(審決書2頁3行目~3頁15行目)、引用例1~3の記載事項の認定(同3頁17行目~11頁16行目)、本願発明と引用例1記載の発明との一致点及び相違点1~5の認定(同11頁18行目~14頁18行目)並びに相違点1~3についての判断(同14頁20行目~15頁19行目)は認める。
審決は、本願発明と引用例1記載の発明との相違点4、5についての判断を誤った(取消事由1)結果、本願発明が、引用例1~3記載の各発明及び周知・慣用技術に基づいて当業者が容易に発明することができたとの誤った結論に至ったものであり、また、本件明細書の特許請求の範囲の請求項4、5に記載された発明について何ら判断を示さない審理不尽の違法がある(取消事由2)から、取り消されるべきである。
1 取消事由1(相違点についての判断の誤り)
(1) 相違点4について
審決は、本願発明と引用例1記載の発明との相違点4として、本願発明の利用者側医療端末機は、「前記測定手段(注・利用者の少なくとも血圧、心拍数、及び心電図を測定する測定手段)による測定結果や前記入力手段(注・体温、体重、及び問診事項の中から選択された単数又は複数の生体情報を入力する入力手段)による生体情報の入力結果、及び又は医療機関側からの指示、及び又は問診事項を記憶する記憶手段」を有しているのに対して、引用例1記載の発明では、このような記憶手段を備えていない旨認定(審決書14頁5行目~10行目)した上、この相違点4について、引用例3の記載に基づいて、「利用者側医療端末機において、測定結果を記憶する記憶手段を備えることは周知であるから、引用例1に記載の利用者側医療端末機に記憶手段を設けることは、当業者が適宜なし得ることであって、この記憶手段に、入力結果に加え、医療機関からの指示、問診事項を記憶することも格別なことではない」(審決書16頁2行目~8行目)とするが、誤りである。
すなわち、引用例3記載の発明は、心電図データを一方的に医療機関へ送る電話伝送用の心電図記憶装置であって、本願発明のような利用者と医療機関が双方で情報のやりとりをする在宅医療システムに用いる利用者側端末機に関するものではない。したがって、生体情報を記憶するメモリを有する心電図記憶装置があったとしても、このことから直ちに利用者と医療機関とが双方で情報のやりとりをする在宅医療システムの中に組み込まれた利用者側端末機の記憶手段に、医療機関側からの指示や問診事項まで記憶する機能を持たせることの必然性は生じない。なお、利用者側医療端末機側に備えた記憶手段が、医療機関側からの指示や問診事項を自動的に記憶する旨の技術の有無は、それ自体、独立した相違点に準じて判断されるべきところ、審決は、上記の判断を行うに当たり、具体的な既存の技術を何ら示していない。
また、本願発明は、利用者側端末機に医療機関側からの指示や問診事項を記憶させる機能を持たせることによって、①利用者が日中利用者側端末機の前に待機していなくとも、医療機関側からの指示や問診事項のような療養に必要な情報を入手できて、身体が拘束されないこと、②医療機関側からすると、多数の利用者に対し、利用者が在宅していなくとも一斉にあるいは順次指示や問診事項を一回で送信することができて時間や労力の節約になること等の格別顕著な効果を奏することができるものである。
ところで、被告は、本願発明の利用者側医療端末機が備えた記憶手段が、医療機関からの指示や問診事項を記憶することは、必須の要件ではないと主張するが、特許請求の範囲に記載されている以上、医療機関側からの指示や問診事項を記憶する記憶手段は本願発明の必須の構成要件というべきである。
(2) 相違点5について
審決は、本願発明と引用例1記載の発明との相違点5として、本願発明では、利用者側通信手段が利用者側医療端末を常態においてその上に載置させるもの(以下「常態載置の構成」という。)であって、この利用者側医療端末機を機構的かつ電気的に接続分離できるもの(以下「接続分離の構成」という。)であるのに対して、引用例1記載の発明では、利用者側通信手段は端末機と機構的に分離しているとの点を認定している(審決書14頁12行目~18行目)。そして、この相違点5について、審決は、実願昭61-192391号(実開昭63-97123号)のマイクロフィルム(甲第8号証、以下「周知例1」という。)及び実願昭60-140497号(実開昭62-51452号)のマイクロフィルム(甲第9号証、以下「周知例2」という。)に基づいて、「情報機器の分野において、端末と通信手段とを機構的かつ電気的に接続分離できるようにすることは、周知である」(同16頁10行目~12行目)とした上、「その際、端末と通信手段とをどのように配置するかは設計上の事項であって・・・通信手段の上に端末を載置することを常態とすることも、利用者の使用態様で決まるものであるから、本願発明のように、利用者側通信手段が利用者側医療端末を常態においてその上に載置させるものであって、該利用者側医療端末機を機構的かつ電気的に接続分離できることは、当業者が適宜なしえたことと認められる」(同16頁17行目~17頁8行目)と認定判断するが、誤りである。
すなわち、まず、接続分離の構成に関して審決で引用された周知例1、2記載の各発明は、いずれもハンディで小型の電子機器の情報を大型のコンピュータに対してデータ通信をするためのものであるのに対し、本願発明の利用者側医療端末機は、少なくとも、血圧、心拍数、心電図等を測定する測定手段等を有し、小型でポケットに入れて持ち運べるほどにハンディなものではない。したがって、本願発明と、その大きさ、用途の異なるものについて、通信手段と端末を接続分離させて用いる技術が周知であるからといって、直ちにこの技術を大きさや用途の異なる本願発明の利用者側医療端末機に用いるべき技術的必然性はない。
また、審決は、常態載置の構成も単なる設計事項としているが、在宅医療システムに用いる利用者側医療端末機と利用者側通信手段があったとして、常に利用者側医療端末機を利用者側通信手段の上に載置させなくてはならないという必然性のないことは、両者を一体構造にしても、あるいは両者を互いに並置させるようにしてもよいことからして明らかなことである。
本願発明は、接続分離の構成及び常態載置の構成によって、①例えば別室で寝たきりの病人に対しては、利用者側医療端末機を利用者側通信手段より分離させて手軽に病人の近くまで持って行き、生体情報を測定及び入力することができること、②会社等で、多人数の生体情報を測定したり、入力したりする場合には、いちいち多人数の人達を一箇所に集めなくとも、利用者側医療端末機を部署ごとに持ち回って生体情報を収集することができる等の在宅医療システムに特有な格別顕著な効果を奏することができるものである。
したがって、審決は、在宅(会社も含む)で病状管理や健康管理ができる在宅医療システムに用いられる利用者側端末機及び利用者側通信手段としての特徴を見誤ったものであり、この相違点5について、進歩性が認められるべきである。
2 取消事由2(審理不尽の違法)
審決は、本件明細書の特許請求の範囲の請求項4、5に記載された発明について何ら判断を示しておらず、審理不尽の違法がある。
第4被告の反論
審決の認定判断は正当であり、原告ら主張の取消事由は理由がない。
1 取消事由1(相違点についての判断の誤り)について
(1) 相違点4について
原告らは、引用例3は相違点4に係る進歩性を否定する根拠とならない旨主張する。しかし、引用例3に示されているように、利用者側医療端末機において、測定結果を記憶する記憶手段を備えることは周知であるから、引用例1記載の利用者側医療端末機に記憶手段を設けることは、当業者が適宜なし得ることである。そして、引用例1記載の発明は、利用者と医療機関とが双方で情報のやりとりをするものであって、利用者側医療端末機側に医療機関からの指示、問診事項に相当するものが送られるのであるから、引用例1に記載の利用者側医療端末機に設ける記憶手段に、入力結果に加え、医療機関からの指示問診事項を記憶することも格別なことではなく、相違点4についての審決の判断に誤りはない。
また、本願発明の特許請求の範囲の「・・・及び又は医療者側からの指示、及び又は問診事項を記憶する記憶手段」との記載からすると、医療機関側からの指示や問診事項を記憶することは本願発明の必須要件となっていないというべきであって、これが必須要件であることを前提とする原告らの主張は失当である。
(2) 相違点5について
原告らの主張のうち、周知例1、2記載の各発明と本願発明とでは端末機の大きさが異なるとの主張は、前示争いのない本願発明の要旨に、利用者側医療端末機の大きさに関する規定がないから、発明の要旨に基づかない主張というべきである。また、原告らは、周知例1、2記載の各発明に係る機器と本願発明の利用者側医療端末機との用途が異なるとも主張するが、両者は情報機器の分野として共通というべきである。
常態載置の構成に関する審決の判断にも誤りはない。
したがって、相違点5についての原告らの主張は失当である。
2 取消事由2(審理不尽の違法)について
拒絶査定に対する不服の審判においては、一の出願に包含された二以上の発明は一体として取り扱うべきものであり、一発明について拒絶理由があれば、その出願を拒絶すべきものであるから、この点に関する原告らの主張は失当である。
第5当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点についての判断の誤り)について
(1) 相違点4について
引用例3に「携帯可能なケース内に、2個の電極で検出した・・・心電図データを記憶するメモリ及びこのメモリに記憶された心電図データを電話伝送するための音響カプラが収納され、音響カプラを受話器に当てて心電図データを医療センタ等に設置された受信装置へ伝送するための電話伝送用心電図記憶装置」が記載されていること(審決書11頁8行目~15行目)は当事者間に争いがなく、この開示された技術に照らすと、引用例1記載の発明に、少なくとも心電図の測定結果等の利用者側の情報を記憶する記憶手段を備えることは、当業者の容易に想到し得るものというべきである。
次に、医療機関側から利用者側に対して電話伝送される情報を記憶する技術について見るに、引用例3に記載された記憶装置は、利用者がその心電図データを医療センタ等に一方的に電話伝送することを想定したものであるため、引用例3には上記のような技術について直接の記載はないところ、原告らは、この点をとらえて、本願発明の必須の構成が引用例1、3に開示されていない旨主張する。しかしながら、翻って、本願発明の記憶手段が、いかなる情報を記憶することを、本願発明の必須の構成としているかを見るに、前示争いのない本願発明の要旨は、「前記測定手段による測定結果や前記入力手段による生体情報の入力結果、及び又は医療機関側からの指示、及び又は問診事項を記憶する記憶手段」と規定するものであり、当該記憶手段による記憶の対象としての「医療機関側からの指示」と「問診事項」は、いずれも「測定結果」や「生体情報の入力結果」と「及び又は」との文言で結合された選択的な記憶事項とされているのであるから、「医療機関側からの指示」と「問診事項」とを記憶する記憶手段とすることが、本願発明の必須の構成となっているとはいえない。これらを必須の構成であるとする原告らの主張は、発明の要旨に基づかないものというほかない。
したがって、相違点4についての判断の誤りをいう原告らの主張は、理由がないというべきである。
(2) 相違点5について
原告らは、本願発明の利用者側医療端末機と、審決が引用する周知例1、2記載の各機器は、その大きさ及び用途が異なる旨主張するが、本願発明の要旨には、利用者側医療端末機の大きさについて何らの規定もないから、その大きさの相違を理由とする原告らの主張は、その前提を欠くものであって失当である。そして、用途の相違をいう点についても、周知例1(甲第8号証)の「本考案は電子機器、特にハンドヘルドあるいはラップトップコンピュータであって、外部から電源供給およびデータの入出力を行う電子機器に関するものである。」(明細書1頁14行目~17行目)との記載及び周知例2(甲第9号証)の「本考案は、携帯用データ収集機とホストコンピュータ等の他の機器間でデータの通信を行なうデータ収集システムのデータ中継機に関するもので、データ通信のため手帳形携帯用データ収集機をセットする部分の受部構造に関する。」(明細書2頁3行目~7行目)との記載に照らすと、これらの考案は、データの入出力、通信を行う点で、引用例1記載の発明及び本願発明と共通するものということができ、その技術分野は基本的に共通しているというべきである。そうすると、周知例1、2に開示された技術手段を引用例1記載の発明に適用することが格別困難であるとはいえず、これを妨げるべき要因も認められない。
そして、周知例1には、電子機器本体とコネクティングボックスが機構的かつ電気的に接続分離可能なことが記載されており、周知例2には、携帯用データ収集機とデータ中継機とが電気的に接続分離可能で、かつ、携帯用データ収集機は常態においてデータ中継機に載置されている構成が記載されていることが明らかであって、これらを総合すると、本願発明の接続分離の構成及び常態載置の構成は周知技術を在宅医療システムの利用者側医療端末機に適用したにすぎないと認められる。
よって、相違点5についての審決の判断にも誤りはないというべきである。
2 取消事由2(審理不尽の違法)について
原告らは、審決が本件明細書の特許請求の範囲の請求項4、5に記載された発明について何ら判断を示していない点を取消事由として主張するが、本願出願に適用される平成5年法律第26号による改正前の特許法49条は、「その特許出願に係る発明」が同法29条の規定により特許をすることができないものであるとき(同法49条1号)には、「その特許出願」(同条柱書き)について拒絶査定をしなければならない旨を定めているから、本願出願に係る発明である本願発明(明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明)に、同法29条2項に当たる事由が存在し、これを特許することができない以上、本願出願に包含される他の発明について、特許することができない事由が存在するか否かに関わりなく、本願出願について拒絶査定をすべきものである。したがって、これに対する不服の審判においても、本願発明を特許することができないとの拒絶査定の判断を是認する以上、他の発明についての当該事由の存否に関わりなく、拒絶査定を維持する審決をすべきであり、その場合に、他の発明についての当該事由の有無について判断する必要は全くないから、審決がそれについて判断を示さなかったとしても、何ら違法とすることはできない。
3 以上のとおり、原告ら主張の審決取消事由は理由がなく、他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告らの請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、65条1項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 篠原勝美 裁判官 石原直樹 裁判官 宮坂昌利)